浸水想定区域の物件は、本当に安いのか。59万件の実取引で調べたら、逆だった
「ハザードマップで赤いエリアの家は安い」。そう思って探している人は多い。だが全国の中古マンション59万件の実取引を浸水想定区域と突き合わせると、区域内の方が高かった。安全を買っているのか、リスクを見落としているのか。数字で確かめる。
- 浸水想定区域内の中古マンションは、区域外より約15%高い(㎡単価の中央値)。
- 全国の住宅取引の約7割が浸水想定区域内。東京の中古マンションは72%。
- 同じ市区町村の中で比べると、価格差はほぼ消える。
「浸水想定区域=安い」は成り立たない
結論から書く。浸水想定区域内の中古マンションは、区域外より安くない。むしろ約15%高い。㎡単価の中央値で、区域内約48.8万円、区域外約42.5万円。戸建て(土地・建物)でも同じ向きで、区域内約18.9万円、区域外約16.2万円と約17%区域内が上だった。「危ないから安い」という直感は、実際の取引では裏切られる。
なぜこうなるのか。答えは立地にある。浸水想定区域は川沿いや湾岸、都心の低地に広がる。そこは同時に、駅が多く便利で人気の高い場所でもある。水害リスクのマイナスより、利便性のプラスの方が価格を大きく動かす。だから区域内は「危ないのに高い」のではなく、「便利だから高い」のだ。
そもそも、7割が浸水想定区域内
もう一つ大きいのは、区域が広すぎることだ。2015年の水防法改正で、洪水浸水想定区域は「計画規模の雨」ではなく「想定し得る最大規模の雨」を前提に描き直された。施設の能力を超える極端な大雨まで見込むため、区域は一気に広がった。
その結果、住宅取引の約7割が浸水想定区域内に立地する。東京都だと中古マンションの72%、戸建ては80%が区域内だ。東京23区で見ると、大田区は面積の60.9%、荒川区は53.8%、墨田区は51.7%が想定区域にかかる。大田区では毎年およそ2,282件の中古マンションが取引されるが、その大半が「区域内」の物件ということになる。
ここまで広ければ、「浸水想定区域である」こと自体は、もはや珍しい減点材料ではない。大多数の物件が該当するものが、価格を分ける決め手にならないのは当然といえる。
同じ街の中で比べると、差はほぼ消える
「区域内が高い」のが立地の錯覚なら、立地を揃えれば本当の差が見えるはずだ。そこで同じ市区町村の中だけで、区域内と区域外の㎡単価を比べた。区域内・区域外それぞれ100件以上ある139市区町村が対象だ。
結果は拮抗だった。区域内の方が安い市区町村が67、高い市区町村が69、ほぼ同じが3。中央値で見た差はおよそ0%。しかも分布は二極化していて、区域内が10%超安い市区町村が46ある一方、10%超高い市区町村も49ある。どちらに転ぶかは「どの浸水域か」次第で、湾岸や都心の低地なら高く、一部の郊外河川沿いなら安い。一貫した「浸水割引」は存在しない。
市区町村を単位にした相関でも同じだ。区域割合が高い自治体ほど安いかというと、相関係数は+0.07。ほぼ無関係だった。角度を変えて三度確かめても、市場が水害リスクを価格に織り込んだ形跡は薄い。
「条件を揃えれば下がる」——学術試算との違い
誤解のないように書くと、水害リスクが価格に効かないわけではない。住宅・不動産コンサルタントの田中歩氏が東京23区の2024年の取引を重回帰分析したところ、予想最大浸水深が1m深いごとに、中古マンションで1.44%(626件)、新築戸建で4.23%(215件)価格が下がるという結果が出ている(三菱UFJ不動産販売「住まい1プラス」コラム。査読論文ではなく同氏の独自分析)。戸建ての下げ幅が大きいのは、1階が直接浸かるからだ。マンションは上層階で希釈され、修繕も管理組合で分担するため効きにくい。
この試算は、築年・面積・駅距離・立地を統計的に揃えたうえでの「他の条件が同じなら」の話だ。ところが現実の取引で他の条件が同じになることはまずない。浸水域は便利な低地に集中しているから、その利便性プレミアムに小さな割引は埋もれてしまう。だから生の㎡単価では「区域内の方が高い」という逆の顔が表に出る。理屈のうえでの割引は、実際の値付けには浮かんでこない。
だから、価格ではなくハザードマップで判断する
ここから言えることははっきりしている。価格は水害リスクを教えてくれない。「高いから安全」でも「安いから危ない」でもない。区域内でも都心の高台タワーは高く、区域外でも不便な内陸は安い。価格の高低を安全の目安に使うと判断を誤る。
頼れるのは価格ではなく、区域指定そのものだ。どの深さまで浸かる想定か、避難経路はどうか、建物の階数や電気設備の位置は。これらは各自治体のハザードマップで無料で確認できる。想定最大規模への移行で区域は今も広がり続けているうえ、夏は出水期でもある。買う前に自分の目で一度見ておく価値は十分にある。
安いから避ける必要はないし、高いから安心する理由もない。市場が織り込んでいないぶん、リスクの確認は買う側の宿題として残っている。
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プランを見る本記事は国土交通省 不動産取引価格情報・国土数値情報等の公開データにもとづく独自分析であり、特定物件の価値・水害リスク・購入可否を保証するものではありません。実際の浸水リスクは必ず各自治体のハザードマップでご確認ください。学術試算の出典は三菱UFJ不動産販売「住まい1プラス」(田中歩氏)。不動産DB(FUDOSAN DB)は Cabocia株式会社が運営する独立した第三者サービスであり、国土交通省とは関係ありません。